聖餐

魔術家、巫女、或いは女学生の神経回路

尽信書則不如無書

夏休み中、本を捨てまくったら価値体系と世界に対する本質的なプレゼンスが変わった。自分が世界に期待しなくなったし、世界も私に大して期待していないことが分かった。

別に何を意識したわけではないが、ここ2〜3ヶ月くらいの間、なんとなく捨てなきゃいけない気分になったのだ。身体が勝手に毎日本を捨てた。 

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捨てた直後はスッキリするけど、少し経つと感情がリバウンドする。もっと捨てたい、というのと、棚を埋めたいというのとが同時に起こる。寂しさや虚無にも似た変な感触。
だからといって本屋に行っても買う気が湧かないのだ。欲しいなー と思っても、あーまたどうせ読んだら棚にしまうだけなんだろうな、と。きっとしばらく経ったら「欲しいなーと思ったなーあの頃」程度にしかならないし、きっと本側も私をその程度にしか思っていない。

そんな中でも私の手元に残った本たちは、本当に大好きで手放せないものか、手放そうとしたのにまた戻すことになったものだ。ラインナップを見てみると、なるほど私はこれとこれで構成されているんだと改めて思い知る。思うに本棚とはその人の分身であるから、私の “本来” とはすなわちこれらなのだろう。 

だからといってこれらに固執するつもりはない。だからといってこれらを変えるつもりも以後昇/降格をするつもりもない。ただここをある種の起点ー帰点とし、何かを忘れそうになったとき見渡せる場所として常に美しく整えておきたいと思う。

尽信書則不如無書。
尽く書を信ずれば則ち書なきに如かず。
孟子

 

本捨て話にまつわる過去の記事はこちら。詩情の今際 - 玲瓏