聖餐

魔術家、巫女、或いは女学生の神経回路

Loop-33

強すぎる冬の花火に砕け散った人類、ことに “あの子” の死体には、どうも膨張と破裂を感じる。焼け死ぬとか破片が刺さって死ぬ以前に内部が膨れ上がって “砕け散った” のだろう。パンク死。を目撃してもなお少年は「猿にはなりたくない」などと怯えたことをほざくが、私は彼に近い不安めいたものを持っているからあまり責められない。


さよなら人類 / たま

あの子は我慢できなかったのかもしれない。薄い肋骨の奥にパンパンに何かを抱え、それらを放出できず、花火に身を任せねばならないほどの我慢が、あの子にあったとしたら?


じゃがたら "もうがまんできない"

ちょっとの歪みも裏切りも失敗も誘惑もなんとかやれるようになるのは大人になってからでしょう。薄い硝子の子どもの身体じゃあそんなもの受け止めきれない。でもそんな姿にも困り顔で「心の持ちようさ」と言ってくれる大人はちょっぴりいてほしいな、なんて思ってしまうのは、ただのわがままだろうか。


尾崎豊 CORE

彼の死体を思っても膨張と破裂を感じる。肺水腫になるほど弱りきっていたとしても、彼は幾度も爆発を繰り返してきた(というか爆発を仕掛けてきた)から、死の直前は多かれ少なかれ花火を見たはずだ。暴走と生真面目、愛。


-自由- RCサクセション

砕け散って得られるものは自由に他ならない。心において我慢の反対語があるとすればきっとそれは自由だから、あの子も尾崎も自由になったんだ。心の持ちようさえどうにかすれば人はいつだって自由でいられる。腕の中でも、雑踏の中でも。