美食家の鏡台

食事に対する諸々の葛藤を受け入れられるようになったきっかけは人との出会いに他ならない。1年前くらいだろうか、偏食についての悩みを他人に明かした時点で、私もどこか本気で「どうにかしたい」と思い始めていたのだろう。それを行動に移すまでにはまた随分時間がかかったけど、先日知り合った女性が教えてくれた「食は人なり」の意味を体感してから、もっと食に向き合いたくなった。というか、素直な心境をそのまま書けば、食事のせいでこれ以上自分を傷付けるのはもうごめんだと思った。偏食のせいで内臓を壊したり、何より心を壊したり、壊れた心の状態で手に入れた痩せを正解だと思い込むのは結構きつかった。白米だってお肉だって別に何の罪もないのにどこか猛烈な後ろめたさを感じてしまうのは明らかに心理的要因(私の場合は肉食に対する生理的嫌悪感、母親が好きな大食いバトルとダイエット番組、中学時代のダイエット経験)であって、実際ひとたび口にしてしまうと美味しいものは美味しい。好きな人たちと食べるのはもっと美味しい。 

私がご飯を受け付けないときは大体心が弱ってて、酒煙草お菓子にはまって衰弱と肌荒れで自己嫌悪無事死亡だから、多分食に困らなくなれば自然とそこもほどほどになるのだろう。普段はお酒も煙草もやらないしお菓子も限られた場合にしか食べないから(本当に)、習慣化しているタイプの人よりは抜けやすいかもしれない。ただばっさりやめるとかは今のところないので普通にバーには行くけど。 

もともと危なっかしくて人に心配をかけがちな身だからこそせめて食事くらいはもう克服したい。とりあえず飯食って寝て体力っぽいものをつけて、無駄な不安要素を減らしたい。今持ってる服がきちんと着られればいいし、食べないと美容にも悪いし(だからといって超意識高いトップモデルみたいな美食を目指すつもりはない)、まぁとにかく美味しければ何でも食べたい。今は桃が食べたい......。