薄命

よく「人の有難さは死んでから分かる」と言うが、果たしてそうだろうか。死をきっかけでその人を思い出し改めて有難くなる心境に、死という最大のライフイベントが重なったことで、非日常感と一定量のショックが加算され、何かとても重大に感じてしまうだけなのではないか?

常日頃から人は死んで当たり前である。人と会うときの切羽詰まるときめき。何かの際に「私はいつでも死ねる」と言うと「駄目だよ生きなきゃ、今日を重ねた明日のほうがもっと楽しいよ」と真剣に励まされ、かなり深刻に病んでいると思われたようだが至って健康(?)だ。純粋に彼女のポジティブさを見習う一方で頭では「なぜこの人は明日があると分かるのだろう」と考えることをやめられなかった。

でも最近私が死んだら寂しがるらしい人が何人か出てきて、ちょっとの長生きも悪くないような気がしてきて、つまり私はそういうやつなんだ。貴方や貴女に長生きさせてほしい。生きるべくして生きていたい。