聖餐

魔術家、巫女、或いは女学生の神経回路

美貌の青空

 

94歳にして現役で活躍するパイロットをテレビで見た。幼い頃から飛行機に憧れ、倍率70倍の予科訓練生に合格。終戦までの8年間一式戦闘機のパイロットを務めたそうだ。戦争が佳境に向かうにつれて空軍の人数は不足し、離陸と着陸をやっとこさ覚えた若者たちが第一線で活躍した。彼もその中のひとりだった。最終決戦期、宿舎で「今日の攻撃はやばかったな」「まずいな」などとこぼした連中は、大抵その夜に遺書を書き二度と帰って来ない。自分の部隊には「絶対に遺書なんて書くな。何かあってもどっかの島に不時着くらいだから金だけは持ってけ」と言い聞かせ、皆で決起したという。体力的な元気さもあるが、屈しない精神力こそが今日まで彼を生かしてきたのかもしれない。

 

そういえば土方巽も戦前(1928)の生まれで、たしか大戦中は群馬の飛行場で働き、16〜17歳で終戦を迎えたはずだ。同い年の澁澤龍彦は 敗戦直前に理系旧制高校に進む。表向き「飛行機設計者に憧れて」なんて言いつつも腹の中は「徴兵逃れ」だから、まぁその、澁澤は澁澤だ。一方 山口小夜子は戦後(1947)横浜生まれ、復興は始まっていたものの当時はまだとても豊かとはいえないし、生家があった山下公園付近は米軍の豪邸だらけだっただろう。

多かれ少なかれ、常に死の残り香を嗅ぎながら成長した彼らが大人になって思い思いに舞う姿を見ると、平成の世でぼんやり暮らす我々には絶対にあり得ない壮絶な空気がある。命がけで突っ立っている死体、とは本当によくできた言葉だ。地上の生物誰しもがあと1秒で死ぬかもしれない事実を細胞単位で感じ鍛え抜いた感覚。それが彼らを生かし、または無惨に殺す。

 

いつでも死ねる、直近明日でも、今でも死ねる私たちには、何かを作る暇も残す暇も壊す暇もないのだ。パクッたり奪ったりする暇もない。穏やかな老後なんて以ての外。いつも精一杯で、いつも真白い。先に挙げた彼らはあまりに沢山のものを我々に残してくれたが、それは彼らの肉体に巣食う死的な何かが培ったモノ(神=霊=鬼=物)で、魂はすべてそこに投影されている。人間には残したが人類には何も残さなかった。ある意味で肉体一辺倒なその潔さにはいつも感動する。そしてそういう人に限って、他人に対しては誰よりも愛に溢れ、人を思い、心から笑ったり泣いたりしていたのだから、人間社会にとっての “良い人” というのは一体何なのか、さっぱり分からない。

死の野望に燃えながら死んでは生き、死んでは生き、日々そんなふうにありたいと、改めて強く思う。

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